資本と労働 ~千羽鶴一羽に込められた思いの質量は等しいか~

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資本について、学んでいた時に、面白いたとえ話があって、印象に残っています。千羽鶴の話です。

大事な人が入院して、お見舞いに千羽鶴を折ろうということになります。10人のうち、9人は手芸部で、手先が器用でした。でも、1人だけそうではなかった。

結果、その1人は、他の9人の半分も、鶴を折れなかったそうです。だからといって、その人の想いは、他の人よりも浅かったのでしょうか?同じ時間、同じように、大事な人の為に鶴を折っていた。その想いの質量は同じはずですです。

その場合の労働価値とは?

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商品価値は、努力と工夫次第で質量が変化する?

ただ、仮に、その鶴に商品価値があるとすればどうか?その1人は、他の人の半分の価値しか生み出せなかったことになります。それは言い換えれば、いくら想いは強くても、労働対価は、他の9人の半分になるということです。

では、その想いと等しく、他の9人と同等の価値を生み出すには、どうしたら良いか?

たとえば、他の9人の折り鶴よりも、2倍品質が高いものを折ることができたら、同等になります。そしてもし、その1人しか折れないようなオリジナルの折り鶴を折ることができたら・・・?ひょっとすると、価値は3倍になるかもしれない。労働対価は、他の9人のそれより高くなるかもしれません。

狭義での差別化は、その努力をすることです。

私は、想いの質量に対し、必ずしも品質が伴わないのは当たり前で、むしろその現実をその質量を上回るほどにひたすら努力するのが、求められていることだと考えています。

資本と労働

働くということは「はた」(傍)の人を「らく」(楽)にすることだと、誰が言い始めたのか、上手いことを言うものだと思いますが、本業、副業含め、毎日15時間ほど仕事をしていると、資本を持っている人がとことんうらやましくなる時があります。

私はまだかじった程度ですが、経済学者マルクスが提唱した「資本論」。この理論が結構、面白くて、勉強になるのです。

資本、というのは、理論的には、持っている人はますます豊かになり、持っていない人は、資本を持っている人に貢献していかなければなりません。貢献するにはどうるかというと、労働によって、です。資本家は、その労働を買って、労働によって生み出された利益で、元手を大きくしていきます。

人を致して、人に致されず

私は、他人に自分の人生を左右されたくないと思いながらも、力を蓄えるまでは、仕方ないと思ってきました。でも人生の主導権は、本来は自分にある。人を致して人に致されず、という孫子の言葉がありますが、他人に主導権を握らせる有り方ではなく、自らが主導権を握れるように環境を整えていくのだと、決めていました。

それには、いつまでも労働をしていてはだめだな、と痛感します。資本を持たないといけない。では、資本を持つにはどうすればいいのか?

現代は、労働者が資本を自由に生み出せる時代になってきたのではないかと思います。現に、フリーランスで生活する人が増えてきました。自らが経営者となり、自分の価値は自分で決め、本来、資本家がとるはずの利益を、自分でとっていくことができる。

労働を誰かに与えられなくても、自分で作ることが出来るのです。するとその時点でその労働は、労働ではなくなる。労働は資本家が給料を支払い、その対価で行うことだからです。自分で労働をいくらでも生み出せるのなら、それは労働というよりもむしろ、資本家が資本をもつのと同義になるのではないかと思ったのでした。

人生の主導権を取り返す

勉強不足なので、えらそうにはいえませんが、自分の人生の主導権を握ろうと思えば、自分で労働を作り出せないと成り立ちません。そのために、これまで苦しくとも経験を積み、自分自身にさんざん投資してきたのです。

その一歩を、2017年は踏み出した年でした。

人生の主導権を取り返す。いまが転換期なのでしょう。誰に奪われたわけでもないのですが、私を含め多くの人は、きっとどこかで諦めてきたことなのかもしれません。

資本と労働について、学んでいたら、そんな思いがよぎりました。

資本主義の欠陥

好むと好まざるに関わらず、日本で商売する場合、資本主義からは逃れられません。昨日、資本と労働について書きましたが、資本は労働で成り立っているものの、労働は人間の時間と身体、頭脳を使い消費します。

その資本は全体で見ると、総量は決まっていて、動きません。世の中に存在するお金の量はほぼ一定なのです。

詳しい説明はここで触れませんが、たとえば世の中のお金が1000万あるとします。これが減りもしなければ増えもしない、資本の総量であるとして、これを10人に100万ずつ融資します。

資本主義というのは、この融資した100万円に利子をつけて返してもらわなければ成り立ちません。だから10%の金利をつけて、1年後に返してもらうとします。すると、貸した10人のうち9人はきちんと、110万円を返せるかもしれません。でも、1人は、どうやったって返せない。

なぜなら、1000万しか世の中にないお金を9人が110万ずつ返すとすると、990万。のこり10万しか残っていないからです。

かなり強引なシンプルさでの説明ですが、ここに資本主義の欠陥はある。この仕組みの破たんを、恐慌というのだそうです。ある人は、正常な状態に戻る為の「暴力的解決」だと。

開業して、経営をしていく者は、この資本をいかに大きくしていくかが正義です。でも実体以上の価値を求めてはなりません。だから、人格が大事なんだと思います。

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