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マーケティングを実践レベルで理解するのに重宝した本があります。
森岡毅氏の『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』(角川文庫)。
ご存知の方も多いと思います。
森岡氏はUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)をV字回復させた立役者として、テレビ、雑誌でも注目を集めました。
消費者理解こそマーケティングの基礎
マーケティングは泥臭い。
マーケティングと聞くと、クールな感じがしますが(そんな感じしません?)実はとても泥臭い仕事なんだなと教えられたのは、この本からです。
マーケティングとは、販売を不要にすること。自然と売れるように仕組みを作ること。現場レベルでいうと、どうすればお客様が来てくれるのか、ひたすら考えることです。
ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)は2001年にハリウッド映画のテーマパークとして誕生しました。開業当初は世界中のどのテーマパークよりも早く来場者1000万人という大台を突破しました。ところが、森岡氏が着任する直前2007年には700万人台まで落ち込み、経営は危機的状況であったといいます。
それが2015年には1400万人まで回復した。
メディアはこぞって「奇跡」といいましたが、森岡氏から出てくる言葉は、「悪戦苦闘」「七転八倒」「絶体絶命」など華やかな成功とは真逆に思える言葉ばかり。奇跡という言葉は好きではないそうです。
「絶対に辿りつこうと歯を食いしばって、執念でアイデアを振り絞って、皆と力を合わせて」やっとの思いで、ここまで来たのだと語ります。
消費者理解
なぜ、USJはここまで劇的な成長を遂げることができたのか。
アイデアが素晴らしかった、映画ファンに限らない客層を取り込んだ、それまでになかったイベントや企画を組んで成功させた。どれも真実なのですが、その為に森岡氏が徹底していたことがあります。
それが、「消費者理解」。
2011年3月11日、東北を襲った大震災は森岡氏のいた大阪をも大きく揺らしたそうです。その翌日、当然ながらUSJに人は来なくなりました。折しも10周年の節目の年。集客の落ち込みは4月に入ってもなお、続きます。そして、それまでに業績を落としていたUSJは極度の金欠でした。このまま人が来なければ、USJはつぶれてしまう。
森岡氏は来る日も来る日もパーク内を歩き回ります。誰もが諦めかけていた中、森岡氏だけは諦めなかった。あまりに考え込みながら歩いていた為、パーク内の街頭に顔をぶつけて、歯がかけてしまったそうです。
USJの使命
東日本大震災の自粛ムード一色が続く日本に、森岡氏は違和感を感じます。
関西が頑張って日本を元気にしないでどうするんだ?USJの使命は、人を元気にすることじゃないのかと。悩みに悩んでいた森岡氏は、ついにひらめきます。
関西から日本を元気にしたい。関西の子供をUSJに無料で招待します。いっぱい笑顔になりに来てください。
このコンセプトで、当時の大阪府知事である橋下徹氏に発信してもらい、キッズフリーの宣伝を大々的に打つというものでした。この策はUSJのCEOや幹部連から猛反対を受けたそうです。ただでさえ金欠の会社の傷口を広げるだけであると。
でも、短期間で強烈な自粛ムードを吹き飛ばすには、「無料」という強さが必要だと森岡氏は訴えました。一定数以上の集客が見込めれば、震災以降のマイナスも食いとめることができる。それに、いま自粛ムードの潮目を変えておかないと、その後の施策も共倒れになると考えたのです。
この勇気はすごいと、私は思います。日本中の暗澹たる雰囲気を変えようと動いたのですから。
このキッズフリー作戦は、爆発しました。ほどなくして、キッズフリーの対象者以外のゲストもたくさんUSJに来るようになったのです。多くの日本人が、こころの奥底から望んでいたことでした。
森岡氏のマーケティングには、ノウハウや知的興奮以上に、感動さえ覚えます。
戦略を考えるためのフレームワーク
戦略とは何か?マーケティングとは何か?
学問としての知識でなく、実戦で使える生きた知恵をわかりやすく書いてくれているので、何度も読み返し、参考にさせてもらえるのがこの本です。
戦略とは
戦略は見えざるものです。
本のタイトルでもある「USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?」の「なぜ?」というのが戦略です。「後ろ向きに走ったジェットコースター」は、戦術。
戦略というのはいつも、目に見えません。戦略思考を持つ人だけが想像できることです。森岡氏は戦略を考えるにはフレームワークがあるといいます。
具体的には、まず目的を明確に定義すること。これが最も大切で、よく考えなければならないことだといいます。
次に、その目的を達成するために、持っている経営資源(人、もの、金、情報、時間、ブランドなどの知的財産など)を何に集中するのかを選んで決めます。その選択が、戦略です。戦術は、戦略の延長線上で考えて生み出された結果であり、具体的なプラン。
優れた戦術を考えだすのは簡単ではありませんが、しかしいくら優れた戦術であっても、戦略が間違っていれば失敗します。この順番で考えることが、戦略的フレームワークです。
金はない、さあどうする?
目的⇒戦略⇒戦術の順番で考えるのは、無限ではない資源を最も有効に活用するためです。
漠然と、お客さんを呼び込むにはどうしたらいいか?と考えるよりも、活用できる資源から何に集中すればいいかを決めてから動くので、時間も、労力も、ポイントを絞って使えます。
なぜUSJのジェットコースターは後ろ向きに走ったのか?
というのも、資金がなく、外部環境も非常に分が悪い中、なんとか切り抜ければならない切羽詰まった中で生まれたアイデアでした。このジェットコースターが生まれた2013年は、東京ディズニーランドの30周年にあたる年でした。その影響は5~10%の集客ダメージを受けると推定されました。
USJはその前年2012年に、ファミリー層を集客するためのユニバーサル・ワンダーランドを建設し、2014年にはハリー・ポッターのアトラクションを計画していましたから、新たなアトラクションを新設する資金的な余裕などありません。ハリーポッターの新アトラクションは総額450億円という投資が必要でした。そして、そのハリーポッターへのお客さんの期待は大きく、USJに行くなら、1年待って2014年に、という潜在顧客が多いことも、調査で分かっていたのです。
試算では、ディズニーランドのパワープレイと合わせると15%の集客ダメージがあると推定されました。
ジェットコースターが後ろ向きに走った理由
さあ、金はない、だからといって、何もしなければ、強敵ディズニーランドの30周年と、翌年に控えるハリーポッターの新アトラクション目的の行き控えにより、USJは大打撃を受ける。とにかく20%以上の需要を喚起するアイデアを絞り出し、2013年を乗り切らなければ!
考えに考え、身体も頭も疲労困憊。うつらうつら床についた時、森岡氏は夢に見たのでした。ジェットコースターが後ろ向きに走るのを・・・。
これだ!と飛び起き、森岡氏はすぐさま電卓をたたきます。
既にあるジェットコースターのレールやプラットフォームを活用すれば、乏しい資金でもなんとかなるはず!
そう、ジェットコースターが後ろ向きに走ったのは、その奇抜な話題性だけではない、後ろ向きに走らざるを得ない理由があったのでした。限られた資源の中から限られた少ない資金で、最大限の効果を上げるアイデアを考え抜いた末の、苦肉の策だったのです。
カッコよくいうとリノベーション戦略。でも、このアトラクションは、日本におけるアトラクションの待ち時間記録を更新するほど、大人気のアトラクションとなりました。
消費者視点に立たせるマネジメント法
調べ物をしていたら、たまたま森岡氏のインタビュー記事を見つけました。
マーケティングはデスクについてクールにこなす仕事ではなく、現場を這いずり回って消費者理解を徹底して行う泥臭い仕事なんだ。
私は森岡氏から教わりました。著書でも、顧客を知ることがマーケッターにとって、最も大事であると伝えています。そのインタビュー記事では、本の中ではそこまで語られていない、マネジメントについて触れていました。
部下にどのようにして、顧客目線を持ってもらうか?
森岡氏は「9割以上の人が、日々の業務が仕事になってしまい、仕事の本質的な目的を意識せず働いている」と言っています。森岡氏が就任した当初のUSJもそうでした。
「みんな涙ぐましいぐらい必死に働いているのに、誰も消費者のことを真剣に考えていない」。
この悪循環を断ち切ることが、重要でした。
スモールサクセスを体験させる
そのための方法として、スモールサクセスを早い段階で体験させるのが良いと、言っています。やや長いのですが、そのまま引用させてもらいます。
「こうやれば上手くいく」ということを伝え、勝てる確率が高くてリスクが小さい所で体験をさせる。始めは「森岡さんの言うとおりにやれば上手くいく」と思うかもしれませんが、次のステップでは一般化して「こうやれば上手くいく」と気付くことが大切。さらに次のステップでは、これが「自分のやり方なら上手くいく」になる。人間というものは、誰かに言われたことよりも自らの意思でやることの方が比べ物にならないぐらいモチベーションが湧くから、こうなればしめたものです。この一連のプロセスは、成功体験でしか得られません。成功7、失敗3ぐらいの組み合わせで部下に体験をさせ、自信を付けさせました。
グロービズ・インタビュー記事より
毎朝、「今日は何人モチベートしよう」と考えながら出勤していたそうです。帰り道にはどれだけ達成できたかと振り返っていた。ほんの数分でいいから、目を見て「あの仕事良かったよ」と声をかけるだけでも人は変わるといいます。そうすることで、消費者目線がだんだん拡散していったそうです。それでも、USJの組織全体に浸透するのには1~2年かかった。
部下を自立させ、自ら機能するように育てる
素晴らしいな、と思うのは、森岡氏は就任当初から、自分がいなくなっても機能するマーケティング組織を構築しようと考えていたことです。部下には、主体的に、自ら考えさせる訓練を最初からさせていました。徹底して消費者を理解することが成功するカギであると伝え続けたのです。
そして、実際に出来るようになった。森岡氏がいなくとも機能するマーケティング組織となったのでした。これはすごいことです。森岡氏の2作目の著作は、『USJを劇的に変えた、たった一つの考え方』(角川文庫)でしたが、これも浸透しているのでしょう。だから森岡氏はUSJを卒業することができた。
事業が持続して繁栄していくためには、こうした考え方をスタッフ全員が持たなくてはならない。それはUSJでも中小企業でも一緒でしょう。