リスクマネジメントの例|谷内亮太さんに学ぶ準備と信頼のつくり方

日本ハムファイターズ谷内選手に学ぶリスクマネジメント

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できて当たり前の仕事ほど、ミスは目立ちます。

最近は、AIのおかげで、見積もりもメールの文面も、あっという間に作れるようになりましたね。速く作れるようになったぶん、数字の打ち間違いや宛名の書き間違いが、確かめる前に相手へ届いてしまう。そんな場面も増えた気がします。

ミスを1つしたくらいで、仕事を失うことはめったにありません。でも、「この人に任せておけば大丈夫」という信頼は、そのたびに少しずつ削れていきます。

リスクマネジメントと聞くと、大きな会社が災害や事故に備える話を思い浮かべるかもしれません。この記事でするのは、もっと身近な話です。毎日の仕事で、積み上げてきた信頼を失わないように、先に手を打っておくこと。僕は、これがいちばん身近なリスクマネジメントの例だと考えています。

そのお手本として、僕がずっと注目してきたのが、北海道日本ハムファイターズで内野の守りを任されてきた、谷内亮太(やち りょうた)さんです。

谷内さんは、毎日のようにニュースに出るスター選手ではありませんでした。それでも、当時の監督から「初めて見た」と言われるほど信頼され、引退した今は球団のコーチとして選手を支えています。

この記事では、谷内さんの言葉や起用のされ方から、仕事に使えるリスクマネジメントの例を5つ取り出して、自分の仕事に置き換える方法をお伝えします。

目次

谷内亮太さんは、試合の終盤の守りを任された内野手

ヤクルトから日本ハムへ、11年のプロ生活

谷内さんは石川県の出身です。金沢西高校から國學院大學へ進み、2012年のドラフト6位で東京ヤクルトスワローズに入団しました。

2013年から2018年まではヤクルト、2019年からはトレードで移った北海道日本ハムファイターズでプレーし、2023年に現役を引退しています。11年のプロ生活で、一軍の試合に出たのは456試合です。

2024年からは日本ハムの内野守備走塁コーチとして、選手を支える側に回っています。

現役時代の谷内さんの主な持ち場は、守備固めでした。リードしている試合の終盤、逃げ切るために守備のうまい選手を途中から送り出す起用法のことです。

数字を見ると、それがよく分かります。2021年は106試合に出ていますが、打数(四球などを除いた打席の数)は39しかありません。試合には出ても、打席に立つことはほとんどない。守ることで、試合に出ていた選手です。

栗山英樹さんが「初めて見た」と言った守り

2021年9月、当時の監督だった栗山英樹さんは、試合前の取材で自分から谷内さんの話を切り出しました。そのときの言葉が、スポーツ誌『Number』のウェブ版(Number Web)の記事に残っています。

内野を全部、完璧にできる選手は初めて見た。ポジションを1つや2つならできる選手はいるし、いたけれどさ。いないよ、あんな選手は……

何が言いたいかというと、いくつものポジションを守れること以上に、どこを守ってもミスをしないことが評価されていた、ということです。2021年9月12日に公開されたその記事では、日本ハムに移って3年目のその時点で、守備のエラーはまだ1つもなかったと書かれています。

ユーティリティプレーヤーと、器用貧乏の違い

「何でも屋より、任せられる人」という見出しの図解で、オレンジの枠の「器用貧乏」(男の子がほうき・はさみ・ペン・電卓を一度に抱えて落としそうになっている)と、緑の枠の「役目がはっきり」(無地のユニフォームの男の子がグローブを構えて、転がってくるボールを落ち着いて待っている)が並んでいる。下の帯に「期待どおりに応える人」。

野球でいくつものポジションをこなせる選手を、ユーティリティプレーヤーと呼びます。仕事でいうなら、何でも頼める人のことですね。

ただ、何でもできる人が、いつも信頼されるとは限りません。あれもこれも頼めるけれど、どれも少しずつ不安が残る。そういう人は、器用貧乏と呼ばれてしまいます。

谷内さんがそうならなかったのは、守る場所は変わっても、役目が変わらなかったからだと僕は思います。どこを任されても、試合の終盤の守りでミスをしない。役目がはっきりしているから、監督も迷わずに谷内さんを呼べたのでしょう。

縁の下の力持ちが信頼されるのは、目立たないからではありません。声をかけられたときに、期待どおりきっちり応えてくれるからです。

谷内さんに学ぶ、仕事のリスクマネジメント5つの例

「信頼を守るための準備」という見出しの図解で、緑の枠の中に「任された役目を言葉にする」「呼ばれる場面を先に読む」「不安は練習でつぶす」「失うと大変なものから守る」「ふだんから雑にしない」の5つにチェックが付いている。下の帯に「準備は、謙虚さから始まる」。

ここからは、谷内さんの言葉から、仕事に置き換えられる例を5つ取り出します。どれも、特別なお金や仕組みは要りません。

例1|自分が何を任されているかを、言葉にしておく

谷内さんは、自分の立場を、驚くほど冷静に見ていました。同じ記事の中で、こう話しています。

正直、僕がいなくても困らないと思う。いたら助かるな、というくらい。ただ試合に出させてもらっているからには、期待には応えたい。そこだけは、あります。自分の活路を見出しています

自分を小さく見ているのではありません。チームが自分に何を期待しているのかを、正確に分かっているんです。

仕事も同じで、ここがずれると、どれだけ頑張っても評価されません。お客さんが求めているのは納期なのに、見た目で勝負してしまう。上司が求めているのは数字の正確さなのに、資料の飾りに時間を使ってしまう。

役割を理解するとは、守る場所を知ることです。まずは、自分の仕事で「失敗したら、いちばん信頼を失うのは何か」を1行で書いてみてください。それが、あなたの守備位置です。

例2|呼ばれる前に、呼ばれる場面を読んでおく

谷内さんは、ベンチで試合を見ながら、相手が仕掛けてきそうなタイミングや、この流れならどのポジションで交代がありそうかを、いつも先読みしていたそうです。

そして、自分が呼ばれそうな場面が近づくと、誰に言われるでもなく、自分から体を温め始める。そのときの考えを、谷内さんはこう話しています。

コーチに『谷内、次いくぞ』と言われた時に『はい』と。求められた時に、準備ができていることが理想

いいレストランでは、グラスの水がなくなってから店員さんが来るのではなく、なくなる少し前に注ぎに来てくれますよね。お客さんが「すみません」と手を挙げる前に、もう動いている。気づかれないくらいの先回りが、「また来たい」につながっています。

仕事も同じです。見積もりを出すなら、次に聞かれそうなこと(支払いの時期や、修正は何回までできるか)を先に書き添えておく。忙しくなる月が分かっているなら、その前に段取りを決めておく。求められてから慌てて動く人と、求められる前に準備している人では、同じ仕事でも信頼の積み上がり方が違います。

信頼って、「相手の疑問や不安を、先回りして解決してあげること」だと僕は思っています。谷内さんの準備の姿勢は、まさにこのことですよね。

例3|不安は、本番の前の練習でつぶしておく

準備は、体を温めることだけではありません。谷内さんは、毎日の練習についても話しています。

「シーズン中は常に不安しかない」。だから、全体練習は毎回目いっぱい、100%の力でやり、その不安を少しでもなくしてから試合に入るのだそうです。

プロでも不安になる。だから、本番の前に不安を1つずつ消しておく。この準備の大切さは、どんな仕事にもそのまま当てはまります。

たとえばお客さんに出す資料なら、出す前にもう一度数字を計算し直す。日付が過去の日になっていないか確かめる。初めての打ち合わせなら、前の日に道順や相手の会社のホームページを見ておく。

仕事でミスをしない方法は、特別な才能ではありません。出す前に確かめる時間を、先に予定に入れておくことです。AIで速く作れるようになった今こそ、この「出す前の練習」が大事だと僕は考えています。作るのが速くなっても、間違いを相手に届ける速さまで上がってしまっては意味がありません。

例4|信頼は、積むのに時間がかかり、失うのは一瞬だと知っておく

守備固めで試合に出るということは、ミスが許されない場面で出るということです。谷内さんは、その怖さをこう話しています。

正直、打球が『飛んでくるな』と思います。失うことの方が多い立場ですから。信頼を得るには長い時間、積み重ねが必要ですけれど、それを失ってしまうのは一瞬ですから

試合の終盤を完璧に守っても、ほめられることはほとんどありません。できて当たり前だからです。でも、1つエラーをすれば、それで試合を落とすこともあります。

白いシャツを思い浮かべると、分かりやすいと思います。何十回きれいに着ていても、誰も気づきません。でも、カレーのしみが1つ付いた日だけは、会う人みんなが気づきます。

仕事の信頼も、これと同じです。10年続いた取引でも、1回の請求の間違いや、1回の連絡もれで、相手の見る目は変わります。だから、失ったときに取り戻すのが大変なものから順に、先に守りを固めておく。リスクマネジメントの順番は、ここで決まります。

いつ呼ばれても、守りではミスをしない。それが、谷内さんのプロ意識でした。

例5|ふだんの暮らしから、雑にしない

谷内さんは、ルーキーのころに二軍で出会った土橋勝征さん(当時はヤクルトの二軍の内野守備コーチ)から、「とにかく謙虚にやりなさい」という言葉をもらったそうです。この言葉が、谷内さんの原点になっています。

その謙虚さは、球場の外にも続いていました。

ゴミに気付いたのにスルーして拾わなかったりすると、何か悪いことが起きそうな気がして。日常生活は、野球に影響すると思っています

小さなことを雑にしない人は、大事な場面でも雑になりません。逆に言えば、ふだんの雑さは、いざというときに顔を出します。

僕も、どんなに小さなことでも、良い習慣を長く続けることに勝る自信の持ち方を知りません。仕事でいえば、たとえば、メールの宛名を送る前にもう一度見る。約束の時間の5分前には準備を終えておく。作ったファイルには、あとで誰が見ても分かる名前を付けておく。どれも地味ですが、こうした小さな準備が、大事な場面での「大丈夫」を支えてくれます。

自分はミスをするかもしれない。そう思えるから、人は準備をします。リスクマネジメントは、謙虚さから始まるのだと僕は思います。

5つの例を、自分の仕事に置き換える
  • 失敗したら、いちばん信頼を失う仕事は何か(自分の守備位置)
  • 次に頼まれそうなこと、聞かれそうなことは何か
  • 出す前に、もう一度確かめることは何か
  • 失ったら取り戻すのに時間がかかる信頼は、どこにあるか
  • ふだんの仕事で、雑になっている小さなことは何か

準備していた人に、チャンスは回ってくる

2022年、谷内さんは代打でも打席に立つようになった

2022年、日本ハムの監督が栗山英樹さんから新庄剛志さんに代わりました。

当時見ていて僕が感じたのは、新庄さんが谷内さんを守備固めだけでなく、その日のバッティングの調子を見て、代打でも打席に送っていたことです。数字にも、その変化が出ています。2021年は106試合で39打数だったのが、2022年は78試合で153打数。出た試合は減ったのに、打数は4倍近くに増え、この年の打率は2割6分8厘でした。

奇抜な人、何を考えているか分からない人、と言われることもある新庄さんですが、僕はそうは思いません。選手の可能性をつぶさずに、いちばん生きる使い方を、狙いを持って試し続けている。売れる仕組みをつくる人、つまりマーケターが、試して、確かめて、直していくのと同じです。新庄さんは、すぐれたマーケターだと僕は思っています。

新庄さんの考え方は、こちらの記事でくわしく書いています。

2022年6月10日、延長11回裏のサヨナラ

2022年6月10日の札幌ドーム。セ・リーグとパ・リーグの球団が戦う交流戦で、日本ハムと中日ドラゴンズの試合は1対1のまま延長に入りました。

この日の谷内さんは、途中から代打で出てそのまま二塁の守りについていました。前の打席ではヒットが出ていません。それでも、延長11回裏に回ってきた打席で打ったヒットが決勝点になり、日本ハムはサヨナラ勝ちを決めました。

守りの人として呼ばれてきた谷内さんが、バットで試合を決めてみせた日です。

すごいですよね。ベンチで出番を待つ時間のほうが長かった選手が、延長11回の打席で結果を出す。求められた時に準備ができている人には、思いがけない場面でもチャンスが回ってきます。谷内さんの強さは、打つ力や走る力よりも、この準備力にあったのだと思います。

大勝ちしなくても、大負けはしない

谷内さんは、何が何でもレギュラーを目指す、という道を選び続けたわけではありませんでした。

ただ何が何でもレギュラーという気持ちが少しずつなくなっていく中で『どうしたら、プロで生き残っていけるか』ということは考えてはきました

自分の強みと、まわりの選手の強みを比べて、自分が勝てる場所で、負けない役目を果たす。大勝ちしなくても、大負けはしない選択です。

派手に活躍して短く終わるより、地味でも長く生き残る。谷内さんは11年のプロ生活を終えたあとも、同じ球団で指導者として仕事を続けています。

小さな会社のリスクマネジメントは、一発より「続けられる形」をつくること

スモールビジネスの経営も、谷内さんの生き方とよく似ています。

大きな会社のように、1つの失敗を別の売上で埋めることはできません。広告に大きなお金をかけて、一度に大きく当てる勝負も、そう何度もはできません。

だから僕は、小さな会社のリスクマネジメントは、派手な一発を狙うことより、お客さんの信頼を1つも取りこぼさない準備のほうが大事だと考えています。

信頼とは「言ったことを成すこと」でもあります。約束した納期を守る。「確認して明日お返事します」と言ったら、明日返す。小さな約束を守り続けることが、いちばん地味で、いちばん確かな守りです。

起きたら困ることを書き出して事業を守る方法は、こちらの記事にまとめました。谷内さんの話が「毎日の仕事の守り」なら、こちらは「事業の守り」です。

まとめ|求められた時に、準備ができている人が信頼される

  • 身近なリスクマネジメントの例は、毎日の仕事で、積み上げてきた信頼を失わないように先に手を打っておくこと
  • 谷内亮太さんの準備は、自分が何を任されているかを知る・呼ばれる場面を先に読む・不安を練習でつぶす・信頼は失うのが一瞬だと知る・ふだんから雑にしない、の5つに分けられる
  • 準備を続けた人には、思いがけない場面でもチャンスが回ってくる。大勝ちしなくても、大負けしない形で長く続けられる

僕自身も、大きく勝つことより、続けて選ばれることを大事にしてきました。ふるさと納税で僕が企画した商品は、約34万点の中で最高7位まで上がり、いまも年間2,000〜2,500万円ほどの売上が続いています。1年だけ大きく売れるより、毎年選ばれ続けるほうが、事業をずっと支えてくれます。

今日やることは1つです。いまの仕事で「失敗したら、いちばん信頼を失うこと」を1行だけ書いてみてください。それを防ぐために、明日の朝いちばんにやる準備を1つ決めておく。

本音を言うと、準備はほめられません。うまくいった日ほど、準備したことには誰も気づかないからです。

それでも谷内さんのように、求められた時に「はい」と言える準備を続けている人が、最後に信頼されると僕は思っています。

出典

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